東京での大学生活を振り返って
今日は卒業式でした。いろんなことに挑戦して失敗して四苦八苦して、気がつくとあっという間だけど僕に取っては人生の中で一番衝撃的なことが多かった五年間だったような気がします。
もう一度大学生をしたいですか?と言われたは多分「いや、もう二度とやりたくないね。マジで勘弁(笑)」と答えると思う。実家から通学したら往復で4時間だったし、お金は社会人と比べるとうんと少ないし、それに面白くもない授業をただ受けるだけっていうのがどうしても我慢ならなくって図書館に籠もりまくって本を読むのはもうこれっきりがいいな。
僕は大学生的な学生生活はそんなに出来ませんでした、残念(笑)。サークルに入ろうとしたけどお金がなくって断念して、ゼミに入ろうとしたらバイトの疲労でうつっぽくなって諦めて、最終的には卒論を書けずじまいで単位を取りきってしまったので「卒論はどんなテーマ?」とか言われたら苦笑いするしかない。こういう意味では失敗に打ちのめされまくっていて多分チャレンジしたことの9割くらいは上手く行っていない。
それでも、自分の専攻である経営っていう分野と自分の大好きなITについては沢山の学びと喜びがありました。高校生のときに必死で意味の分からない受験勉強を1年間やって現役で合格出来たことは自分にとっての初めての勉強への自信になりとても良かったと思います。
家の懐事情が顔が真っ青になるほどカツカツなのに「私立の大学に行っていいよ」と言ってくれた両親には感謝してもしきれません。
なので卒論の代わりに自分の大学生活を一回棚卸しして文章にして残しておこうと思います。見られるのは恥ずかしいけどこれを見てこんな変なやつがいたんだ、とか卒業したときの自分はこんなこと思ってたんだっけって思い出せるようにね。
時系列ではないと思うけどざざっと書いていきます。
大学と高校のギャップ
努力をすれば報われる、なんて偉い人は言いましたが大学ではそんな常識はありませんでした。僕が一番最初にショックだったのはそこでした。なにせあんなに一生懸命に暗記して寝る時間を惜しんで勉強することはいいことだって心から信じていたから、この事実を受け入れるまで少し時間がかかりました。
大学生の人はある程度わかるとは思うのですが、大学の授業ってゼミみたいな形でない講義であれば別にパズドラをしていようが先生の目の前で読書していようが、成績に関係することを最低限押さえておけば別に単位はとれます。加えてやり方は自由だしすごい人は講義を受けた記憶がないのに単位だけ取れてしまうという現象も。
僕自身はどうだったかというと、一番先生の目の前に座ってみて振り返ったら誰もいないってことがよくありました。多分その時意識高い系だったんでしょうね、それに高校時代のように素直に先生の講義を受けてノートを手書きでしっかり取っていればいれば勉強になるなんて思っていました。
でも、最終的には必要なところだけMacでEvernoteに書き込んで忘れた時はiPhoneで打ち込んだり、隔週で友達と交代交代でノートを取ってまるごと授業サボったりしてました。その時間何してたかと言えば本を読んだりバイトしているときに出来ないアニメ鑑賞なんかしてました。高校の時みたいに退屈しながらずーっと先生の話聞いていなくても結果さえあれば納得するんだってことをそのときに学習して変なこだわりを貫くのって損だなって思ったし。
それに、周りがやっているような画一的なやり方よりMacでタイピングして早くノート書いて並行して読書したり自分のやりたいことをこの時間でこなすほうが大事なんだなって思ったから。特に睡眠時間とか足りてなかったので禅研究所の一室で結構な頻度で爆睡していたのは僕です。先生ごめんなさい笑
なので一番のギャップは高校までの一番評価の対象たっだ、一生懸命頑張る態度みたいな抽象的なものは、大学でいう結果を出す努力とは全く関係ないってことでした。
ついでに今まで仕事も多分おんなじことなんだろうなって思います。
東京のカルチャーショック
お金があればなんでも叶う街それが東京。田舎高校生の初音ミクファンとしては僕のホームはきっと秋葉原になるんだろうなと思っていましたが、ところがどっこい何でもありありでカオスな渋谷でこんなに長い時間を過ごすなんて全く考えていませんでした。
大学から一番近い遊び場が渋谷だったので、さんざん遊んで、帰れなくなって、近くに済んでいた友達の家に転がって御飯作って酒のんでなんて荒んだ時期もありましたが今ではすっかり渋谷カラーな自分がいます。
一番の思い出はバックグラウンドも性格も何もかもが違うカオススポットに放り込まれた瞬間。
なんか夢でも見ていてふとした瞬間に自分の家のベッドで目がさめるんじゃないかと思っていましたが、案外そんなこともなく。そのうち楽しくなっちゃって家に帰れなくなっていました。
あとはネットで有名そうな人はその辺にゴロゴロいるし、東京でくらいしている見ず知らずの人に話しかけて飲んで遊んで楽しく生活していると財布の中はすっからかんなんて顔が真っ青になることもあったり。環境は人を変えるんだななんて月並みな感想ですがそれが体験出来るいい機会でした。
あと初めて東京に来る人はさっさとカオスに揉まれて変なやつとそうでないやつを見分けられるようにしておくといいかもしれないですね。特に宗教系とかね
一生懸命頑張るってどういうことですか?
一言で言えば今もわからない(笑)
今の時代は親の世代とは一生懸命頑張るって言う努力の方向性は違うんだろうなってことはなんとなくわかる。これまでの親が体験してきたキャリアでは大学に入って就活して有名な会社に長くいることが良かっだと思う。自分もその一生懸命で恩恵を受けている人間なんだけど、僕らの一生懸命頑張るっていうのは多分そういう努力ではないんだと思う。
大学とのギャップがあったように、別に画一的は方向ですすんで行かなくてもぐーたらっぽく生活しても、結果をきっちり抑えるって能力があればそれは選択は自由なんだと思う。だからITでもアナログでもなんでいいんだけどその人にとって一番最適な手段で結果を出す回数さえ増やせればお金はそれなりに手に入ってくる人はいっぱいいたしなんか楽しそうだった。(大学の授業の期間中は月3,4日くらいしか仕事しなくても7,8万くらいのお小遣いが稼げればやっていけるみたいにシーズンで仕事を割っていくとかね)
あとは言われて何かするより、困っていることとかニーズを探す能力と手にしたお金をどうやって使っていくかってことを学習すればとりあえず生きていく事自体はなんとかなる。
仕事もそれなりにやってくる。みんながみんなそうである必要はないけれど僕みたいはいつもどっかフラフラ出かけて仕事して、本を探してさまよう人間とかはそういう人生もありってこと。
あ、でもバイト生活して有名人になるっていう夢はおすすめしない。理由は単純にもとめているニーズとその人の能力とか見てほしいものが噛み合ってうまくいくケースが少ないし生活がカツカツになってくるとだんだんやる気も想像力もなくなって来て誰も助けてくれなくなるから。
頭がいいなって思った人にも聞いたけど、僕らにとっての一生懸命は自分の得意分野を見つけてどんどん掛け算をしていく努力なんだろうねなんて話もしたっけな。まあいっか
不安と憂鬱の狭間の世界
モラトリアム人間、それが大学生という生き物。
メンヘラとか見た感じちょっとヤバそうな人はだいたい大学生ということに気がついたのはつい最近なんだけど、今の大学生は年下からも年上からも見えないプレッシャーで板挟みでとにかく憂鬱。特におじさんたちに「大学生なんだから暇だろ」とか「それで就活は?」なんて聞かれた日にはブルーな気持ちで一杯で勉強とかバイトどころじゃないです。
僕もその一人で土日はバイトだったってことを考えれば学校で勉強するという仕事と合わせて週7勤なわけで、文系だって課題が簡単なんてそんなこともないんですよ、真面目にやればね。それに決まったレールなんてどっかホームランで飛ばされてしまってないから自分の進路は常に手探り状態で不安に押しつぶされそう(暇なったらなったらでいいことは思いつかないお年頃)。暇だって言われたって社会人みたいに大枚をはたいて出来ることなんて数が限られているわけでストレスは溜まりまくりなんです。
よっぽどのボンボン出ない限りバイトしないでノー借金な暇人大学生はいないのです...
もしそんな忙しくてブルーな大学生を見かけたら、人生のアドバイスとかしなくていいから話は最後まで聞いてあげてください。
僕らにとって一番うれしかったのはそれです。
夢とか成功という広告と実際
ネットでもリアルでも「起業しよう」「成功しよう」ってことがもてはやされる時代、僕もそんな謳い文句に思いっきり乗っかった人間ですが、本当はどうだったと振り返るとものずごい広告ビジネスだなって思います。
起業しようと思う人とか成功しようと思う人がそれだけいて多分儲かってるんだろうな。
でも実際の成功しているってイメージを体現して生活しているひとはほとんど見かけたことないし、リアルでやっていることは多分会社で仕事しているみたいなこととそんなに変わらないと思う。違うのは仕事に対しての報酬と責任が違うってことくらい。
実際にビジネスコンテストとかに参加してみて痛烈に感じたのは、上手くいっていると思った人がそのビジネスとかプランにかけている時間がとてつもなく長いということ。むしろそれ以外考えている暇があるんだろうかと思うくらいすごい。人的なネットワークだって一朝一夕で出来上がったようなものでもないし、掛け算した能力が形成られる期間だって注目されるまでに5年とか10年とかのものを毎日積み重なった結果で出来ているんだなって思った。
僕は大学になって初めて知ったからまだいっぱい試行錯誤して何がうまくいくのかを見つけないと行けない時期なんだなって思った。それに注目されるのはやっぱり苦手だなってもの再認識しました。出来ることなら知らないところでひっそりチャレンジして上手くやっていく人間なりたい。
会社員的な仕事をそっちのけで起業がいいかって考えたら多分違う。夢持ってたって食い扶持を自分の能力一本で稼げないと思えばメインは雇われでいいと思うし、夢が実現されるまでに積んできた作業とか仕事内容は広告のネタになんないすごく地味なことがいっぱい。だから一気に勝負をかけるときまでは派手に生きていかなくても認められなくてもいいんだと思う。失敗したって死ななければ、次またチャレンジして上手くいくかもしれないからね。
気がついてみれば出来るようになっているし叶っていることっていっぱいある
最後に、こんなにうまくいっていないと思ったことが沢山あると思ったけど、今振り返ればそれが経験値になって上手くいくことも増えてきたのかなと感じます。
苦手だって思っていた人付き合いも、なんとなく立ち寄った飲み屋の知らない人に声をかけるのも平気になったし。
恥ずかしいことか変だと思われることも躊躇なく思いっきりやってみることも出来た。
あといちばんは英語が聞けるし読めるし簡単な会話であれば意思疎通できるってことも大きいかな。もちろんペラペラではないし文法なんかめちゃくちゃだと思うけどそれでも自信をもって英語読めますって言える。
プログラミングだってスクールとか行くお金なんてないけどネットで色々探して試行錯誤していったらなんだかソースコード見て大体こんな感じっていうのはわかるっているのは自分の人生にとってすごく大きいことかなと思います。
ついでに、8年前僕が中学生の時にYoutubeで見たミクさんが武道館でライブをしてみたなんて動画を見ていた人間が、在学中に現実の武道館に言って一番前の39番目の席で本物のライブを見るなんて人生一番のラッキーにも遭遇しました。あまりの突然さ加減に唖然としたけど、きっとスタートアップで上手くいったって瞬間もこんな感じなんだろうななんて変な妄想もするくらいの幸運でした。
だから、人とおんなじようにはいかなかったしこの先いろんなことがあるんだろうけど、大学生やってよかったって思います。
大丈夫、なんとかなるしそのくらい失敗するくらいが面白い。
そんな5年間でした。最後まで見ていただいてありがとうございます。