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どうせなら好きなことを書いていたい

それでも会議は踊る

結論はおそらくシンプルなことなんだけれども

お互いの解釈の仕方や着地点が違うことによって起こるこの現象

特に誰が悪いわけでもないのだがとにかく長い

長くなり、だんだんと認識していたことがだんだんブレて来る。

こう言った場合ばどうすればよかったのか

一つは時間で区切るのがよかったのかもしれない

結論ではなく時間は着実に進むから

あとは、決まらなかったどうするを決めておくことかもしれない

おそらく決めようとして長くなるのだから決まらなかったらどうするも大事だろう

要するに引けなくなる前に引くような仕組みを自分で持っておくことがよい

それだけ

自分たちの知らないところでも今日もミクさんは歌う

www.mikumiku2ch.jp

インターネットが普及してよかったことの1つは国境を超えて好きなコンテンツを見ることだなーって思っている。

日本では、なんかミクさんを使った競争みたいな感じになってちょっと渦中に入ろうと思えないけれど

自分たちのそんなこととは全く関係なく今日もミクさんはファンのために歌を歌っているその姿を見ると

自分も明日もがんばろうって思う

商業だとか、有名になりたいとかそんなことはどうでもいい

とにかく自分の好きを表現することが一番楽しいことなんだ

ということをずっと表現してるミクさんはやっぱり好きだ

忙しくて、なんだか今までのようにうまくいかないなっと仕事で思っていてもなんだか元気になれる

コンテンツの質はどんどん高くなっているし、皆テクニックもすごく上がっているんだけど

なんかよくわからないけど皆で楽しくすればそれでいいじゃんっていうこの空気感がすきだ

今度は見知らぬ土地でミクさんのことを語って見るのもいいかもしれない

Do you Know Hatsune Miku?

選挙にはちゃんと行く

どんな人に投票したかはさておき、とりあえず東京から時間内に帰宅して

自分の地区の投票時で投票をした

まあ、当たり前のことなんだけれども年々当たり前じゃなくなっている

段々と興味がなくなっているというのが本心なのかもしれないけれど

ひとまず国民の権利を行使するということは大事

何事も受け身でなく能動的に行動しよう

浴衣を着て和風を楽しむ

今回は浴衣で出かけるのがやってみたかったので実行してみた。

細かい感想は夜中なので割愛

とりあえず写真だけ載せておく

まずは金魚すくいをやってみた。

3つポイをもらって金魚のたくさんいる水槽に手を突っ込んで挑戦

最終的には小さい金魚が4匹すくうことができた

あとは、射的が隣にあったのでこれも

結構狙ったけど全然当たらない

結局1つも当たることなく終了、ちょっと悔しかった

お昼ご飯は浅草で沖縄料理を食べてみた

浴衣だから、そんなにたくさんは食べれないので少し残してしまった

けどラフテーは美味しかった

浅草で縁日的なことをしたあとは、ホテル雅叙園東京の百段階段で展示されているイベントに参加

昭和初期的なノスタルジックな階段だけでもいい雰囲気だったけど、展示もかなりこの時期にあったもので非常に楽しかった。

最初は竹細工のひかりの展示があって非常に細かい

展示の場所にはアロマとBGMもあって良かった、この時点でリラックス効果抜群

次の回は長崎の灯籠

これは結構長崎っぽくてよかった

この提灯の先には龍の紙張り子とかがあって迫力があったので興味があれば見てほしい

上の階を見ると今度は和傘と雷雲をテーマにした展示

商事から除く龍のアートと稲光の瞬間を表現した生花が最高に良い

最後に上の会では書く江戸の職人の作品が展示されていて外国人受けが良いセッティング

これが結構写真としてはお気に入り

このちょっとした人形のこの感じ、いいね

葉っぱのライトってのも興味深い

この作品は他の明かりの作品と比べると結構カラフルで独特な感じが出ていた

あと最上階ではサンドアートの展示があって、映像じゃない展示では竹取物語がモチーフの絵が飾られていた。

油ものがたくさん食べられない

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最近毎日更新することができていたけどここ二日間はできてなかった。

この2日でやったことはとりあえず焼き肉に行った。

そんで煙たくなりながら深夜帰宅したことかな

すでにこの年でだんだん辛くなってきている

5年経ったらどうなるんだろうか

焼肉はうまかったけど、次の日地獄をみるので自粛したい

【読書メモ】読みたい事を、書けばいい

読んで時のごとくというのはこういうことが、と納得せざる負えない本

というかもうタイトルで結論を言ってしまっていて、もう中身なんてどうでもいい

と思ってしまうのは僕だけだろうか

なんなんだ最初のYES・NOチャートの第一問は

「第一問:あなたはゴリラですか?YES・NO」

もちろん面白そうだから答えはYESと答える

【あなたはゴリラだ。まず人間になることを考えよう】

なんということだ、そんなの反則じゃないか

もし、FUJIWARAの原西だったら適職が見つからないじゃないか

彼はプロゴリラーなんだぞ

とはいえ、その適職診断のスコープには人間のための職業しか載っていないのだからしょうがない

とそんなどうでもいいこと考えて永遠と270ページに渡って文章を綴っているこの本はとてもおもしろい

ビジネス書なのだから役に立つ本なんだろと思うがそうではない

だっていやいや書いているんだから

異常なまでしつこい出版社の人のメールが来て渋々かいているのだ

だからそんなにクソ真面目に文章テクニックなんて話さないし、それよりかは麻布十番のどら焼きが食べたいのだ

ああ、軍靴の音がする(どうでもいい)

1つ言っておきたいことがあるとすれば

「お前ら、そんなインスタントラーメン食べるみたいにググっているとビルディングマッチョブーイングしてシムにバーベル・プロテインNOな、ウェルネス脳鬱陶しい人間になってんじゃない?」だろう

言っておくが僕は別にポン・デ・リングがめっちゃ好きなわけではない

至って健康体である。

わかりやすく言えば、宇多田ヒカルより売れっ子なライターになるなら

もうチュッパチャップスの紙の芯がなくなるくらいしつこくねっちり調べて記事を書くしかないということだ

この森の安藤なみにペロペロ調べればいいじゃない!、じゃない?

え、違うそうじゃない?

いや鈴木雅之の曲の話をしているんじゃないよ

というか図書館にいけよBoy、あ、銀杏なTシャツ来ている人は図書館よりライブにいったほうがいいよFUJIROCKとかさ

ああ、軍靴の音がする(どうでもいい)

で、結局の所好きなことを書けばいいじゃないかということ

それにテクニックとかいらないし

この文章だって途中で楽しくなってちょいちょいどうでもいいこと書いているのだし

みんな好き放題書けばいいじゃん?

別に僕らは福山雅治じゃないんだからさ

路上で「POW!!」なんてマイケル・ジャクソンのマネくらいどうってことないし

そういえば、サカナクションの山口一郎はロン毛に変装して下北で弾き語りをすると全くきづかれないんだってさ、知ってた?

サカナクションのナイロンの糸を聞いてモラトリアムを思い出す。

カロリーメイトのCMを見たときに気なっていた曲だったので、フルサイズのPVとAppleMusicでアルバムが出ていたのですぐに確認した

(今日の感想は少しかたい感じにしよう、そうしよう)

以前からチェックしていた曲だったのでフルバージョンを見つけてDLした

曲自体はモラトリアムな20代のときに書いた曲をアレンジしたらしい

なぜナイロンの糸という題名だったのか?というと曲を制作していた当時、モラトリアム仲間と一緒に釣りに行った際にナイロンの糸を使って釣りをしていたからだという

アルバムでは郷愁がテーマらしいのでその感覚を思い出そうとしたということらしい

なぜ、この曲が自分として引っかかったのかを考えてみたのだけれど

たぶん今モラトリアムをしていない別の生活をしているからだと思う

そして、心の何処かにはもう少しモラトリアムでいたいと思っている節があるからなのかも

今自分が生活しているスタイルと学生時代の生活のスタイルはだいぶ変わった

最初は学生が終わって勉強する時間が仕事をする時間に変わるだけに思えたが、多分そうじゃない

同じ時間であってもなんのために時間を使っているのかという意味は違ってくる。

生活している時間の大きな割合が自分のための時間じゃない時間に使われている

自分のためだけに使っている時間が相対的に減っているのだ

意味もないことに熱中したり、自分のできなさ加減にがっかりしたり

まだ手にしたことのないものを想像し期待を膨らませたり、初めての出来事に感動したりでりきるということは自分のために時間を使っていたということなのだ

その時間は自分だけのもので、今でも大切だと感じている

そういった経験が良かったと思えるのは、それをお金に換算して手に入れることはできないが喉から手が出るほどほしい大人はたくさんいるのを目にしたからだ

その証拠に青春モノの映画や小説は尽きることがなく、自分の青春時代楽しんだものに対して大量の金銭を投じる人大人をたくさん見てきた

(アイドルやオタク趣味にすべてを捧げるというのも一種の青春だと思う)

では、人のために使っている今の時間はどうなのだろう

それはそれで面白いと感じることも多いし、若干の退屈を感じることもある。

結局のところどちらも一長一短あるのだ

余談だが、学生諸君は社会に出て仕事をすることを奴隷制度の仲間入りのように見ている人もいるかも知れないが、どうか考え直してほしい

勤勉な君たちよりかは社会に出て仕事をするというのは案外ぬるい生活だ、仕事の成果以外で咎められることも怒られることもない

それに大人という生き物は、常に100%全力では死んでしまうそういう生き物なのだ

それに目的のある仕事に打ち込んでそれ以外の時間は自由に使えるというのは面白い

ぜひそういったことを経験して、自分に何が必要なのかを見つけてほしい

脱線したが、隣の芝生はいつも青い

今は別の時間を生きているから万華鏡の中にある懐かしい過去がきれいに見える

できることは、増えた。大事なのはその後どうなりたいか

そういった未来のことを考えたいときに、過去の自分から今の自分を見てみる

目的としていたことは今できているのだろうか?その先に何があると思っていたのだろうか?

過去の自分では見ることができなかったけれど、今の自分の経験からはわかることがきっとあると思う

頭の中で、過去の自分とディスカッションしてみるというのも悪くはない

社会人だからモラトリアムになってはいけないという法律があるわけではないのだし

この社会で生きているのに必要なルールさえ守っていればいい

あとは少し自分勝手なことを思ったって誰にも怒られやしないさ